人生報告書

嘘を信じないで、見抜いて

夕映えに溺れる1

その日はまだ蒸し暑さが残る夏休み終盤だった。
現在私は、海沿いの林で迷子になっている。
「まずい、日が暮れてきた」
このあたりは海辺から見える夕陽が神秘的で美しい観光スポットだ。しかし、日が沈みきると途端に闇に包まれる。周囲に住人が少なく、街頭や建物がほとんど無いためだ。
「うぅ……」
私の名前は凛月ひめ。中学1年生である。
今日は家族3人で親戚の家に遊びに来ていた。両親と親戚はバーベキューの買い出しに行っており、私1人留守番していたのだが、特に娯楽も無い家で暇を持て余し散歩でもしようと外に出たのである。
そして今に至るわけだが……。
「ここ、どこだよ……。」
スマホを片手に途方にくれる私。どう考えても現在地から自宅へ帰るルートが分からない。
なんたって地図アプリも圏外なのだ。
どうやらかなり遠くまで来てしまったらしい。
とうとう、頼みの綱のスマホのバッテリーも切れてしまった。
……もうダメかもしれない。そう思った時だ。
「あれ?こんなところで何してるの?」
背後から声をかけられ振り返る。そこには自分と同じくらいな背格好の少女がいた。
「あ……ええと……。道に迷いました」
少女の姿を見るとホッとして涙目になる。
「あれ、泣いてる……?ごめんね!もしかして驚かしちゃった?」
確かに、こんな時間に人がいる事には驚いたが、今はそれどころではない。
早く家に帰らなければ、両親が心配するだろう。
「いえ、大丈夫です。あの、帰りたいんですけど道分かりますか?」
私が尋ねると、少女は少し困った顔をした。
「んーっとねぇ。今はちょっと難しいかなぁ」
「ど、どうしてですか!?︎」
予想外の言葉に思わず詰め寄る。
「……いいもの見せたげる!こっち来て」
「え……どういうこと?」
少女は楽しげに答えると、私の手を引き歩き出した。
「わたし、美波海香、中学1年生。きみ、この辺じゃ見かけないけど、観光で来たの?」
私にとって一大事だというのに、少女はマイペースに問いかける。
「り、りつき……。同じ中学1年生。家族と親戚の家に遊びに来たけど、散歩してたら道に迷って……。」
私がもごもごと答える間も、彼女は歩く速度を緩めずどこかに向かっている。その様子に少し腹が立った。
「あのさ、家に帰りたいんだけど」
「あと少しで着くから平気!」
少女が被せるように言う。足元にサラサラとした砂の感触がある事から、おそらく浜辺に向かっているのだろう。私の親戚の家は正反対の岸壁沿いだというのに。
「ねえやっぱりおかしいよ。どこに連れて行こうとしてるの?」
私はますます混乱してしまう。

その瞬間、目に刺さるほど強烈な朱の色彩が少女を照らした。
肩まである色素の薄いセミロングが風に靡き、金縁の丸眼鏡が鈍く反射する。
まるで、美術の教科書でみた西洋絵画のような光景に、しばらく目が釘付けになった。
「……ありがとう!じゃあ一緒に帰ろう!」
陽はすでに水平線の彼方に沈み、紺碧に染まり始めている。かすかに潮騒が聞こえる夜の海は、吸い込まれそうな不気味さを感じ、私は逃げるように背を向けた。